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ねぷた絵師/山本 達扇

2019.11.13|ARTICLE

Profile
ねぷた絵師/山本 達扇

青森県弘前市出身。小学5年生で故長谷川達温師門下生となる。当時最年少にして、達温師の最後の弟子となる。高校1年生の時、東町子供会で絵師デビューする。これまで担当したねぷた団体は銀座街、取上地区、幻満舎、境関、黒石福民、大鰐蔵館等。川村岩山師と共に玄龍庵を設立。

 

 

 

 

「ねぶた」と「ねぷた」は違うというのをご存知だろうか。

ひらがなの文字面にするとわかりづらいが、「ねぶ(BU)た」と「ねぷ(PU)た」とで発音が違う。どちらも青森県の各地で行われている山車を使った夏祭りのことで、多くの人が認識しているねぶた 祭りが青森市で開催される「青森ねぶた祭り」の方だろう。

 

人形型の立体的な造形をしている山車を用いるのが青森ねぶた祭りなのに対し、扇形で平面絵が描かれている山車を用いるのが弘前ねぷた祭り。また掛け声となる囃子も違い、青森では「ラッセラー」という定番の掛け声だが、弘前では「ヤーヤドー」という県外の人はあまり聞き慣れない掛け声を出す。

山本達扇(やまもとたつせん)さんは弘前生まれの弘前育ち。物心はついた時からねぷたを見て育ってきた。小さい頃からねぷた絵を描くのが好きで、小学校五年生の時に棟方志功ねぷたの彩色を手掛けた故長谷川達温氏の門を叩き、そこからねぷた絵師としての道を歩み始めることになる。

 

ねぷた絵にはいくつか種類がある。鏡絵、見送り絵、袖絵、肩地、雲、牡丹。それぞれのパーツが組み合げられねぷたが完成する。それぞれの絵を分業で描いているねぷたもあるそうだが、ほとんどはその全てを一人のねぷた絵師が担っているそうで、山本さんもその一人だ。ねぷた祭りは毎年盛夏の8月1日から始まるが、絵師の仕事はその前の年の年末から始まる。まずは依頼主の団体に題材を確認し、2月頃から下絵と見送りを描き始め、5月頃から本格的に制作を開始する。作業場は専ら自宅の屋根裏だ。大きいサイズのものは幅が6mにもなる。鉛筆、墨、蝋、着色といった順にねぷた絵は描き進められる。

山本さんは36年もの間、医療事務の仕事と絵師を兼任してきた。実際に制作に入ると19時に帰宅した後24時まで描く生活が続き、その間は3,4kgほど痩せてしまうそうだ。完成するのは開催日の2週間ほど前だという。相当ハードな期間だ。

 

2019年の弘前ねぷたは70台ほど出ており、山本さんは弘前銀座街と取上の二つを描き上げた。弘前市のねぷたは優美だ。青森市のねぶたが迫力のあるロックミュージックなら、弘前市のねぷたはジャズのようだ。陽気なハネト(青森ねぶたと共に練り歩く踊り手)も弘前ねぷたにはいない。夜の帳の中を「ヤーヤドー」の掛け声と共にゆるりと行進していく。

 

山本さんは3年ほど前に玄龍庵という絵師育成の塾を川村岩山さんと共に立ち上げ、絵師に専念することになった。長谷川達温師の教えを次世代に伝えるため、長谷川流のねぷた絵の描き方を教える弘前市で初の絵師育成の塾だ。 生徒は現在11名。小学2年生から60代まで。昼間と夜間とでそれぞれ週に1回行っている。塾生はねぷた絵の基本を学び、小型ねぷたから制作に携わる。生徒全員が大型のねぷた絵を描けるように独り立ちするまで育てたい、というのが山本さんの目下の夢なのだそうだ。

 

子どもから老人までが小屋に集まってねぷたを楽しむ光景が今も昔もとても好きなのだと、そう山本さんは話してくれた。横笛を吹いている商店街のおじちゃんが途轍もなく格好良く見える。運行中のねぷたも良いが、解散した後のねぷたに出くわすのもまた楽しい。家族で行って、友達と行って、今度は自分の子どもと行く。まさに老若男女、全世代が楽しめるのが祭りの良さであるのは言うまでもないが、寒さの厳しい雪国の夏祭りは太陽の号令で一斉に雪の下から吹き出す新芽のような躍動感と瑞々しさがある。ねぷた絵師が彩るその光景を、ぜひ一度ご覧いただきたい。

 

 

 

山本達扇 instagram
https://www.instagram.com/neputaoyazi/

 

長谷川流ねぷた塾玄龍庵 twitter
https://twitter.com/genryuuan

Credit
Photo / Text _ Chikage Yoshida

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